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第一回坂本龍馬1

第一回は文句なしの幕末の英雄として莫大な人気を誇る坂本龍馬です。



坂本龍馬1835年(天保5年)~1867年(慶応)

諱は直方というそうです。

龍馬
                                                   

・龍馬生誕

龍馬は才谷屋の坂本八平と坂本幸から生まれました。
龍馬の名の由来は母親の幸が龍馬を産む前の夜に龍が飛ぶ夢を見たことからだそうです。



・龍馬はどんな人物か
龍馬は剣の名人としても知られます。北辰一刀流の免許皆伝というところからもそれを伺えます。
龍馬は背が高かったそうです。高いと言っても170台後半あたりだそうです。現代ではこれが普通ですが当時は男性でも150台だったと考えると相当背が高いようです。



・剣術修行と黒船
龍馬は1853年江戸に溝渕広之丞とともに江戸に剣術修行に出かけます。千葉道場に行ったのはもちろんこのときです。

そして、千葉定吉に北辰一刀流の剣術を学ぶはずですが・・・・・・・・・定吉は鳥取藩に行っていたので教えたのは重太郎でしょう(そして重太郎は龍馬の良き友となる)

そして1854年龍馬は江戸で黒船を見ます。(ドラマ同様すごい衝撃だったでしょうね。)

ちなみに↓は黒船来航の写真です

250px-1853Yokohama_01.jpg

そして短い間ですが佐久間象山の弟子になります。



・帰国
帰国後、ジョン万次郎からアメリカの話を聞いた河田小龍が安政の大地震により土佐に戻っていため海外事情や軍隊について学びます。(この頃に近藤長次郎と出会います)

そして、不幸なことに1855年、龍馬の父、八平が他界します。



・山本琢磨
不幸を乗り越え、龍馬は藩の許可を得て再び剣術修行に出かけます。この頃武市半平太や岡田以蔵、龍馬の親戚山本琢磨も修行に出かけています。

同年、なんと、琢磨が酒を飲んだ後の帰り道、商人とぶつかり、商人が落としていった珍しい時計を売り飛ばしました!
琢磨は切腹沙汰になりましたが、龍馬と半平太が逃亡させています。

なお、琢磨はその後、新潟に逃げ込み前島密と知り合い函館に行き函館に来ていたニコライ神父に感銘を受け、日本人最初の司祭となり、80年も生きました。

そして、1858年龍馬は北辰一刀流の免許皆伝を得て、帰国します。

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